このように「ナショナリズム」という語が多義化する理由は、「ネイション」 (nation) という語が、各時代・地域においてさまざまに解釈されることを一因とする。フランス革命後のフランスでは「ネイション」とは近代市民社会の普遍的諸理念を共有する個人・市民によって構成される共同体として考えられるが、一方でナポレオンの侵攻によって「ナショナリズム」に覚醒するドイツでは、「ネイション」とは固有の言語や歴史を共有する民族共同体として考えられる。
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さらに、ナショナリズムが高揚した19世紀においては、国家は自由意志を持つ個人が構成員であることを前提としていたが、20世紀前半に大衆社会へと突入すると、権威に盲従する大衆も出現する中で、ファシズム政権が彼らを妄信的に政府主義(Statism)へと駆り立てさせた。そして、ときには国家の構成員である国民一人ひとりの権利を抑圧することすらも受容されていくことになった。こうした類の政府主義は国民主義(ナショナリズム)ではない。
古代ローマ帝国において用いられていた、「生まれ」を意味するラテン語「natio」(動詞「nascor」から派生)が、ネイションの語源となる。この「natio」という概念は、本来的には国家と結びつくものではなく、むしろローマ帝国期には「よそ者」というニュアンスで用いられた。中世ヨーロッパにおいても、この語によって想起されるのは宗教会議などに集まる同郷集団であり、やはり国家との結びつきがあったわけではない。
ネイションと国家が結びつけられるのは、ヨーロッパにおいて主権国家体制が確立する17世紀頃だと考えられる。17世紀のイギリス革命においては、「ネイション」の概念は聖職者やある特定の集団のみを指し示すのではなく、幅広い人民を包含するようになった。ただし、フランスの絶対王政のもとでは、主権者である国王に対する臣民としてネイションが理解されていた。この場合、ネイション(国民)と政府は結びついているが、あくまでも身分制社会の枠組みの中でのものであり、ネイションや政府を構成する一人一人が人権を有する対等な存在にはなっていない。1789年に勃発するフランス革命は、フランスにおける国家形成の契機となった。すなわち、身分制度が否定され、近代市民社会の諸権利が保障される中で、基本的人権という普遍的な権利を持つ一人ひとりが対等な形でネイション、そして政府を構成する時代へと突入した。その国家(国民とその政府)という共同体が、ある普遍的な理念に基づいて形成されるものなのか、それとも歴史・伝統に根ざした民族に基づくものなのか、それとも他の新たな観点から説明できるものなのか、これらが錯綜してナショナリズムの定義を難しくさせているのが現状である。